地元のいろいろなしがらみから開放されて、地方から出てきた希望溢れる若者が出会う都会の眩い姿。
かつて彼らの目に映ったその世界は、放っておけば朽ちていくだけにすぎない、
モノの持つ時間の重みもなければ、内輪だけにしか通じないような、
訛りのある言葉の癖とも無縁な、新品の工業生産品に溢れ、
標準語を操る「新しい」世界だったはずです。
そんな世界の希望を切り開いていくことが、建築の設計者の大きな役割でもありました。
しかし一方で、「いつでも、どこでも替えがきく」というモノやヒトやバショのあり方のもつ、
寂しさや虚しさに気づいた今日の世界。
ここではかつて夢見た新しい世界への「抵抗」へ、設計者の役割が反転していくのです。
縄文時代の巨木信仰に根を持つともいわれる「御柱祭り」で知られる諏訪大社。
そんな前歴史的な「気」が満ちる諏訪大社を代々見守り続けた守矢家についての資料館が、
茅野市にある「神長官守矢史料館」です。
近隣に生まれ育った設計者の藤森照信は、諏訪大社と諏訪の風景の「気」に馴染むことにこそこだわり、
新品の工業製品と、標準語の世界を徹底的に否定してみせたのでした。
諏訪の周辺で産出される木や石や土だけを使い、再生不可能な手仕事の仕上げ方法を用いて、
その場所その時その人からでしか生まれえない、唯一無二なあり様。
年を追うごとに朽ちゆくモノが喚起する時間の重み。
標準語にみちた世界にあって、実はどこにもない「方言」をゼロから創造し、
行き着いた先にある「替えがきかない」モノやヒトやバショの姿は、
かくも人の心に響くものなのです。

神長官守矢史料館
文・写真 藤岡大学